日本百名山を登り終えて [日本百名山を訪ねて]
日本百名山を全て登り終えた。
山に登り、すでに50年以上が過ぎた。
ここで 日本百名山へ登った足跡を辿ってみた。
山に登りはじめて丹沢や北アルプスに登り、自然の息吹に触れ、山の景観に圧倒された。
青空に白く輝く雪の峰を眺め、風雪に曝され山の厳しさを知り、
重い荷を背負い尾根を歩き、岩壁を攀じ登り、テントに寝て、助け合う仲間を知った。
そのうち、
仕事に追われる日々がつづき、何年もの間、岩や雪山からは離れてしまった。
年が過ぎ子供たちも家を離れ、また山へ登る余裕もでてきた。
昔の山仲間達とまた山に登りだしたが、岩を攀じ登る力や、風雪に耐える体力や気力は落ちていた。
山の仲間達には、年をとっても元気な人がいる。
もう歳だからとよく言っていたが、その人たちをみて、年だからと言うのは止めた。
そんな頃、登った日本百名山を数えてみると60をこえていた。
日本百名山はこれからの山行の良い目標となった。
日本百名山を登りながら、日本各地を訪れる楽しみもあった。
日本百名山を登り終えるのに50年余が過ぎたが、
登った日本百名山をあらためて顧みてみると、
そこには自分の山の歴史と想い出が詰まっていた。
日本百名山には、これからもまた登ってみたい山は多い。
百名山ではなくても、行ってみたい山も多い。
これからも山に登れたらいいなと思う。
日本百名山を登り終えて
平成27年春 記
山深くカールを抱く黒部五郎岳 日本百名山その100 [日本百名山を訪ねて]
ずっと昔、雲ノ平から黒部五郎岳を眺めたことがある。
それから40年ほど経った時、薬師岳を登ったあと、黒部五郎岳を目指したが、北ノ俣岳を過ぎたあたりで強い雨に降られ雷鳴を聞いて黒部五郎岳に至らず引き返したりしたことがあった。
それからまた何年か過ぎ、
梅雨が明けた暑い日、山の友達3人で黒部五郎岳をめざした。
新穂高から陽ざしの強い川沿いの道を歩き、わさび平の木立の中にテントを張る。
早朝、わさび平を発ち、小池新道を登り鏡平へ。
このコースは去年も水晶岳に登った時に辿った。
鏡平から急な登り、弓折分岐の稜線に出る。
森林限界を抜け、槍や穂高を望み、足元に咲く花を見ながら稜線を歩く。
双六小屋から巻道ルートを行く。
山腹を覆う残雪、
幾筋もの雪解けの流れ、山肌を飾る花々。
この山域に心ひかれる。
周囲を北アルプスの山々に囲まれた三俣山荘のテント場にテントを張る。
目前に聳える鷲羽岳を見ながらビール。
霧に包まれた朝、雨支度でテントを出る。
山腹を流れる霧。
霧は雨にかわり、回りの見えない長い下り。
黒部五郎小舎に立ち寄りコーヒーを頼み、雨を避け一息。
行く道、黒く霧にけむる岩、雨に濡れる花。
行くてにカールの白い残雪、
それを取り囲むように見え隠れし聳える岩壁。
カールの花の咲く急な側壁を登り稜線へでる。
岩の稜線を辿り、
黒部五郎岳山頂へ立つ。
霧でなにも見えず。
黒部五郎岳の山頂に立ち、日本百名山の全山登頂を達成した。
山に登りだして50年以上が過ぎた、今年は70の声を聴く。
これからも山に登れたらいいなと想う。行きたい山や登りたい岩場もある。
下りにかかると霧がとれ、
残雪を抱き聳える岩壁、カールの全容が姿をみせた。
山に囲まれた草原にたたずむ黒部五郎小舎、しばし休憩。
青空が広がり、
黒部五郎岳の姿を振り返り眺めながら三俣山荘のテント場に戻る。
黒部五郎岳の登頂と日本百名山達成を乾杯。
その夜は冷えた。
好天の朝、山肌に花の咲く三俣蓮華岳に登り、
昨日登ったカールを抱く黒部五郎岳や
黒部源流の山々、槍や穂高を眺めながら稜線を行く。
中道ルートをとり双六小屋へ下る、
帰る道は長く遠い、足を引きずり新穂高へもどる。
疲れた体で河原の露天風呂に入り、山の余韻に浸る。
日本百名山 その100 黒部五郎岳 平成26年7月27日
山奥深い 水晶岳 日本百名山 その99 [日本百名山を訪ねて]
暑い日が続いているとき、水晶岳を目指した。
新穂高温泉の駐車場に車を置き、川沿いの道を歩き、わさび平の木立の中にテントを張った。
早朝わさび平をたち、鏡平を経て弓折分岐へ、そこから花の咲く稜線を辿る。
雲間に槍が見え隠れする。
お花畑の先、はるかかなたに目指す水晶岳の姿を望む。
双六から巻道ルートを行く。
山肌に咲き乱れるお花畑、
幾く筋もの雪解けの流れ。
若いとき、この山を歩いたときの感動がよみがえる。
山々に囲まれた三俣山荘の天幕場にテントを張る。
何度かここにテントを張ったことがある。 冷たい雪解け水、流れの脇に咲く花、周りに聳える山々、記憶は今も消えはしないが、それからもう永い年月が過ぎた。ここへくるときは、あの頃のようにテントをはり、山の息吹に浸ってみたいと思っていたが、体力に自信がなく、何年も見送ってきた。
今、なんとかテントをここまで担ぎあげることができた。
霧の朝、黒部五郎岳へ向かう友達を見送ったあと、水晶岳を目指した。
流れに沿って咲く花々を見ながら黒部川の源流を辿る。
流れから離れ、尾根道を登る。
水晶小屋をを過ぎるとなだらかな稜線を歩く、いつしか霧もとれ、向かう水晶岳が黒い姿を見せる。
北アルプスの奥深くに聳える岩峰。
岩稜をひと登りで水晶岳の山頂。
今 その頂に立った。
周囲を取り囲む北アルプスの山々。
連なる山々の景観に圧倒されしばし見入る。
鷲羽岳を経て、槍ヶ岳や黒部源流の山々を望み、
三俣のテントに戻り、今登ってきた水晶岳あたりをあらためてながめたりした。
ほどなく 黒部五郎岳をめざした友達ももどった。
ビールが旨い。
翌日 三俣蓮華岳から双六岳を経て、新穂高に下り、温泉で山の汗を流した。
平成25年8月9日 水晶岳 日本百名山その99
北の海に浮かぶ 利尻山 日本百名山 その98 [日本百名山を訪ねて]
前日 礼文島の花畑を歩き、その後利尻島へ渡った。
登山ツアーに入り、利尻山をめざした。
北麓野営場から雨の樹林帯を登る。
木立が低くなり、吹き付ける風雨。
視界はなく、登るにつれより強さを増す風雨。
長官山附近で、ガイドは登るのをやめひきかえす事を促す。
ツアーでもあり、ガイドの指示に従わないつもりはないが、
とはいえ、ここで引き返す気にはならなかった。
登りたい気持を感じたのか、一部の人達はここで引き返すが、
残りの人達は山頂を目指すこととなった。
風と雨が吹きつけ、何も見えぬ山稜。
辿り着いた山頂。
せめて花でもと、覗きこむ斜面を雨が激しく吹き上げる。
山を下りた翌日
帰りの船から 利尻山が良く見えた。
船の上から いつまでもその姿を追った。
平成23年7月5日 利尻山 日本百名山 その98
夏 八甲田山 日本百名山 その97 [日本百名山を訪ねて]
遠い北の地にある、八甲田をいつか訪ねてみたいと思っていた。
暑い夏の日、八甲田をめざした。
酸ケ湯の駐車場に車を停める。
樹林帯の中を登り、硫黄のにおいのする沢を渡り、
アオモリトドマツの中を歩き
仙人岱の草原に着く。
清水が湧き、草原を流れる。
花の咲く草原を辿り
花の中の小さな池の縁を歩き
大岳を登る。
雲の湧き出してきた山頂。雲のあいまに八甲田の山なみをながめる。
大岳を下り、
上毛無岱の草原を歩く。
チングルマやキンコウカの花の盛りはもう過ぎていた。
急な樹林帯を下り、
下毛無岱の草原の中を辿り
酸ケ湯に戻る。
混浴の千人風呂で汗を流す。
樹氷の雪原、遠い昔の雪中遭難の出来事・・。
雪の八甲田にスキーををかついできてみたいが、
遠い・・。
*平成22年8月10日 日本百名山 その97
夏 岩手山 日本百名山 その96 [日本百名山を訪ねて]
いままで何度か岩手山を麓から眺めたことがある。
何年か前 岩手山の山麓をとおり八幡平へ向かった。
今年の春 岩木山からの帰り道 岩手山を眺めながら高速道路を走った。
H22 春
東北とはいえ夏の暑い日、岩手山をめざした。
山麓から 岩手山は雲にかすみ見えなかった。
馬返しの広い駐車場に着くと、樹林の上に岩手山が姿を現す。
樹林帯を一合目、二合目などの標示に励まされながら登る。
七合目を過ぎると展望がひらけ、岩手山を仰ぎみる。
潅木の中に咲く花を眺めながら
不動平を歩き。
火山礫の登りとなり、
もう咲き終わったコマクサ、
まだ咲き残るイワブクロなどをみながら、火口縁の山稜を辿り、
岩手山山頂薬師岳に着く。
しばし 山頂から火口と火口丘妙高山などを望む。
雲が多く 遠くはみることができなかった。
火口縁をくだり、そこここに咲く花や
古い社などをみながら火口原を辿り、
八合目にもどり冷たい清水で一息。
山麓にくだり振り返ってみたが、雲に覆われ 岩手山の姿はもう見えなかった。
*平成22年8月9日 岩手山 日本百名山その96
残雪の岩木山 日本百名山 その95 [日本百名山を訪ねて]
弘前城に桜が咲き乱れ
東北とはいえ暖かい日
花にはまだ早い林檎畑の向こうに 白い残雪に覆われた岩木山 を目指す
岩木山スカイラインを車で走り、八合目の駐車場へ
駐車場から 残雪の山腹をしばらく登り
リフトにのったかみさんと合流、リフト終点からは雪の消えた岩尾根を登る
残雪の山頂
山頂を目指す人達の多くはスキーを担ぎ、山頂付近から 白い残雪の斜面を山麓に向かって滑り降りていた。 山スキーはやったことがないし、そんな技術もないが、いつかスキーを担いで東北の残雪の山を訪ねてみたい。
雪の消えた山麓に
咲き始めた花達
岩木山は津軽の人たちの心の山なのだろう。
旭岳に登り雄大な大雪の山々を望み、お花畑を歩く 日本百名山その94 [日本百名山を訪ねて]
大雪山はずっと訪れてみたいと想っていた。
富良野や美瑛は深い朝霧がたちこめていたが、山道に入ると夏の青空が広がる。
ロープウエイをおりると、そこはもうお花畑、
噴煙をあげる旭岳が散在する池に姿を映す。
姿見ノ池のほとりをとおり、噴煙を望みながら火山礫の尾根をのぼる。草木はなくなり岩や砂礫ばかりの登りとなり、
大雪の山々やひろい高原が姿をあらわしてくる。
旭岳の頂上へ立つ。
連なる山々、はるかに続く高原、青くかすむ山波 雄大な大雪を目のあたりにした。
山々を眺めながら地図をなんどもひろげた。
頂上から砂礫でずるずる滑る急斜面を下り、
間宮岳や火口の縁を歩き
足元に咲く花をみて、
中岳温泉に下る。
いくつかの細い流れをわたり、
いたるところお花畑のひろがる裾合平を歩き、
花の盛りは過ぎてはいたが、まだ遅咲きの花々が咲く池のほとりを辿り、
ロープウエイ駅に戻る。
連なる山々やはるかな高原、一面咲き乱れる花々、雄大な大雪の一部に触れた。
高校生の時 初めて北アルプスにであった あの時に似た想いがした。
*平成21年8月11日 大雪山旭岳 日本百名山その94
噴煙の十勝岳と美瑛や富良野の丘 日本百名山 その93 [日本百名山を訪ねて]
濃い朝霧に包まれた富良野を走り、樹林の中の道に入り、
望岳台に着くと青空が広がる。
見上げる山から噴煙があがる。
火山礫を踏み 山を眺めながら登り、工事中の避難小屋をすぎるとやや急登、砂礫や岩の間に咲く花を見ながら登る。
昭和噴火口へのぼると、そこからは木も草もない 岩と砂の広大な火山原。
立ち昇る噴煙
その奥にめざす十勝岳をみる。
砂漠のような火山礫の路を歩き、岩の尾根を登り
南に富良野岳への山稜がのび、
2年程前トムラウシから残雪の十勝の山なみを望み、昨年 富良野の丘から眺めた十勝岳。
噴煙と火山礫に覆われた十勝岳に立つことができた。
*平成21年8月10日 十勝岳 日本百名山その93
山を下り。 美瑛や富良野の丘に立ち寄ってみた。
暑い夏の日
山陰に大山を訪ねる 日本百名山 その92 [日本百名山を訪ねて]
山陰の大山をめざし、早朝 家を発つ。
東名にのり 名神、中国道、米子道、山陰道を走り、いつか訪れたいと思っていた足立美術館に立ち寄る。
横山大観の絵画や魯山人の陶芸などの展示をみるが、やはり日本庭園に目を奪われる。
山陰の山里に こんな素晴らしい日本庭園が・・
来た道を戻り大山へ向かう。
食料を買い込み 雨のぱらつきだした 大山山麓の下山野営場でキャンプ。
曇り空の朝、下山野営場からすぐ夏山コース登山道となる。
昔日の大山寺隆盛の跡を残す石段を登る
芽吹きだしたブナの中を登り
潅木帯となると、残雪の北壁が望める
ダイセンキャラボクの群落を縫って 木道を歩き、頂上まじか
頂上附近の草原はまだ芽吹き前
頂上はあいにくの霧で展望はなかったが、霧の切れ間に剣が峰や険しい稜線が見え隠れし、霧の流れる荒々しい南壁の大崩壊をみる。
南から北から大崩壊が大山を削りとっているのを知り、 霧の山頂を後にする。
これから登る多くの人たちとすれ違う、子供達も多い、
今日は子供の日。
ほころびはじめた花をみながら下り
大山寺にお参りし
下山野営場の車へ戻り、雲りがちながら姿を見せる大山を振り返りながら、
出雲へ向かう。
出雲大社で いにしえの神に触れ
古代をさまよい
神話の息づく出雲を後に、
車で仮眠をしつつ 再び家路への長いドライブをし 山陰の旅を終える。
平成21年5月4日~6日 大山 日本百名山その92
紅葉と新雪の鳥海山 日本百名山 その91 [日本百名山を訪ねて]
庄内平野の北に、日本海の風をうけて聳え立つという鳥海山をいつか訪ねてみたいとおもっていた。何年か前 月山に登ったとき、雲間のずっと先に頭を突き出し颯爽とした鳥海山の姿を見た。
昨年の秋、山の仲間達と鳥海山をめざした。
長いドライブをして庄内平野の日本海近くを走り、鳥海山麓のツリーハウスに泊る。
朝、登山口の駐車場に着くと、冷たい風が色づいた木々を揺らす。
滝の小屋を経て、赤や黄色に彩られた木々の中を登り、
河原宿小屋辺りには、流れる霧の切れ間に草原が広がる。
草原は今草紅葉、いまだ残る残雪をみる。
登るにつれ、霧氷が潅木を白く飾る。
登る斜面は濃い霧が流れ、木や岩は霧氷が覆う。
稜線にでると、吹き付ける風、流れる霧、白い山稜。
雪とエビのシッポに覆われ霧の流れる外輪山稜を辿り、
外輪山稜の七高山山頂へ着く。
二人で外輪山稜を下り、新山山頂をめざす。
雪に覆われトレースのない、外輪山稜をくだる、まだ残る雪渓の下を横切り、
雪と岩の斜面を登り、岩峰の上にでるが、山頂ではないようだ、そのむこうの岩峰がもっと高そうだ。
岩峰を下り、岩を上り下りし、
岩の間を抜け迷路のような岩場を辿り、
鳥海山の新山山頂の岩峰へ登る。
霧が飛び、先ほど辿った外輪山稜が白い姿をみせる。
山頂を下り、外輪山稜へ登り返し、
新雪の山稜をあとに、先に下った仲間と合流し、
紅葉の山麓へもどる。
平成20年10月11日~12日 鳥海山 日本百名山その91
秋田を離れて、こちらの神奈川で仕事をしている人と何度か話したことがある。ときどき思い深そうに鳥海山の話をしていた。
やっと晴れた後方羊蹄山 日本百名山 その90 [日本百名山を訪ねて]
雨の幌尻岳を下りた翌日 朝から青空が広がった。
羊蹄山へ向かう途中、思い出の支笏湖に立ち寄る。
車の前方に羊蹄山が姿を現す。
羊蹄山の山麓を半周し、ニセコの畑道を景色を見ながらのんびり車を走らせる。
東から南から西からも羊蹄山を眺めた。羊蹄山はどこからみてもその雄姿を誇示していた。
ニセコの 羊蹄山を正面に眺める風呂で汗を流し、
コンビニでビールと食べ物を買い込み、
半月湖近くの比羅夫コース登山口キャンプ場の駐車場に車を停める。
陽が落ちるまでの間、何人かの方々と話をして時間をすごした。
話してみると皆さん凄い。
下山してきたご夫婦のかた、ご主人は今日羊蹄山を登り百名山を達成したとのこと。
45年程を要したといっていた。「おめでとう!」と祝福。
額平川ですれ違ったのがこのご主人と知った。横浜の方でした。
私は50年近くたつがまだ90山ほど、成り行き任せの百名山。
「羊蹄山をみたら登りたくなった」 という、自転車で北海道を旅している茨城から来た若者。
岩尾別温泉の駐車場でもみかけた熊谷ナンバーのワゴン方、私より年上か。
夕暮れ時ビールを飲みながらの話し相手。
北海道の山10山ほどを巡っているという、
東松山でおこなわれるスリーデイマーチの50kmコースを歩いたりもしているという。
青空の朝、昨日から膝が硬く張り足をひきずっていたが、やっと晴れた山登り。
ゆるく樹林帯を辿るが、すぐ登りが急になり、2合目、3合目と標示を頼りに登る。
見通しがよくなるがニセコ方面を雲海が覆い隠す。
八合目附近で、熊谷ナンバーの方がもう下ってきた。健脚!
花の時期を過ぎた草原を登り、火口縁山稜へ出る。
火口を覗きながら
砂礫のなだらかな山稜を北周りで半周し、
岩稜の後方羊蹄山山頂に立つ。
山頂の岩にすわり、多少雲がかかってはいたが、
名も知らぬ北海道の山や広がる里を見下ろし眺める。
山頂から岩稜の火口縁を南周りで辿り、火口縁山稜を一周し比羅夫コースに戻る。
足も何とか動いてくれた。
朝 挨拶を交わした横浜ナンバーの白いセダンの方と途中で会い一緒に下り、駐車場に戻る。
しばし雑談し山を登り終えた余韻のひと時をすごす。
平成20年9月5日 後方羊蹄山 日本百名山その90
五山を訪ねた北海道の山旅が終わった。
雨と風の幌尻岳山頂 日本百名山 その89 [日本百名山を訪ねて]
羅臼岳を登ったあと、陸別や足寄などなどの町や村をとおり、見知らぬ道や まわりの景色を楽しみ、富良野の畑道や丘から十勝の山なみを眺めたり、キャンプ場や道の駅に車を停め、気のむくまま一人旅。
幌尻岳へ向かう日は朝から陽がさした。早発ちする必要もなかったが、気は幌尻岳にむいていて、朝起きるとすぐ占冠の道の駅を発った。
国道から折れて幌尻への道に入る、ほどなく舗装道路が終り、荒れた林道を走る。地図の位置よりかなり手前にゲートがありこの駐車スペースに車を置く。
のんびり歩くつもりではあったが、額平川沿いの林道を一人歩いていると 足運びがいつか早まる。 はじめの渡渉箇所に着き、履き古した運動靴に履き替え、ズボンの膝下を外し半ズボンにする。汗ばむ陽射しの下、水の中を歩くのは爽快。膝下くらいの渡渉を繰り返し、側壁に落ちる滝を見て、川原で休み、水の流れを眺め、深い樹林に囲まれた渓谷を歩く。
昼過ぎ幌尻山荘に着く。 川原の岩に横になったり 小屋の前に敷かれたシートに寝ころび 樹林の上の青い空を眺めて時間をもてあます。
山を下りてくる人、登ってくる人達が小屋に着きはじめる、ガイドつきのツアーで来る人達やお年寄りの人達も多い。
朝、皆さん暗いうちから起きだし登山準備をはじめる、遅ればせながら外へ出ると雨。
出遅れたかなと思い雨支度に傘をさして小屋をでる。すぐ樹林帯を登り、前を行くご夫婦に追いつき挨拶をして先にでると、前を行く人はなく雨が相手の一人旅。命の泉などというところをすぎ、はい松や潅木の尾根を急登。木の枝が触れ傘をさしたり閉じたり。潅木帯を抜け草原の尾根路となる。
・・このあたりは日高の山々を望み、夏には足元に花々が咲いているところなのだろう・・が。
すでに黄色に変わった草原は雨にぬれ、風が吹き付ける尾根を辿る。
幌尻岳山頂へ着く。
日高山脈の奥深くカールを従えた幌尻岳に逢えると期待していたが、山頂は雨と霧に閉ざされ風が吹きぬけていた。
風を避けて新冠ルート分岐まで下り一息。
雨の中 次々と登ってくる人達とすれ違いながら幌尻山荘へ戻る。
靴もズボンもそのまま、額平川を下る。
時間をもてあました青空の昨日、もう少し早く来て山頂に登り、下りに小屋へ泊ればよかったかな。などと思いながら 雨はやんだが疲れた足にはいささか長い林道を戻る。
平成20年9月2日~3日 幌尻岳 日本百名山その89
幌尻岳にかぎらず雨や霧の山頂に立ったことは多い。また登りに行きたい山もあるが、もう行かない山もある。
夏の名残りの羅臼岳 日本百名山 その88 [日本百名山を訪ねて]
オホーツクの海に面したウトロの家並みが切れ、
北の自然と野生動物達の住むさいはての地、知床にはいる。
岩尾別温泉 ホテル「地の涯」の駐車場の隅に車を停める。
木下小屋の横から樹林帯を登りはじめる、「オホーツク展望台あたりでもたびたび熊が出ますヨ」とネイチャーセンターで聞いていたので、今日は先行する人影があり心強い。
弥三吉水で先行の人達にまじり一休み、極楽平をゆるく歩き、遅い夏の花が咲く水の涸れた沢すじを登る。
はい松に広く覆われた羅臼平に着く、雨はあがったが雲がながれ、めざす羅臼岳が見え隠れする。
はい松の海に入り、岩清水のしずくで口をしめし、
岩塊をぬって登り、羅臼岳の岩峰に立つ。
あいにく雲が山頂を覆い、さいはての山々や海を見ることはできなかったが、
夏の名残りの花をみながら、
知床の山を下り岩尾別温泉に戻る。
知床は自然と動物達の領域なのだろう。斜里岳では鈴の音がたよりなかったので、すこし大きめの鈴を付け 熊スプレーもレンタル。
帰り道 草を食む鹿を見、北の海に落ち込む切り立った崖を眺め、車を止め 振り返ってみる知床の山は雲に覆われていた。
平成20年8月31日 羅臼岳 日本百名山その88
以前、知床峠から羅臼岳を眺めたり、知床五湖などを歩いたことがあった。
雲に隠れた斜里岳 日本百名山 その87 [日本百名山を訪ねて]
清里は街路に花などが飾られた静かな街。道の駅で遅い昼食を食べ、スーパーで明日の行動食などを買い、斜里岳をめざし畑道を走る。
広々とした畑の向こうに斜里岳は雲に覆われていた。
畑道を抜け、林道を走り、清岳荘の駐車場に着く。
駐車場で寝るつもりでいたが、清岳荘をのぞいてみると とてもきれいなのでここに泊ることにした。
夕方からふりだした雨が、朝になってもしとしとと降りつづいていた。
傘をさして清岳荘をでる。
林道からすぐ沢沿いの路となり、水際の岩場に咲くダイモンジソウなどを眺めながら下二股へ。
ここからいくつかの滝を眺めたり、
滝を登ったりしながら時に細かいスタンスを拾いながらの沢のぼり、
上二股で沢は終わり、潅木の中を登る。
木々の背が低くなり馬の背にでると霧と強い風が吹き付ける。霧の中にウメバチソウが風に揺れる。
霧に閉ざされた斜里岳山頂。
一人風蔭で石に座り一服。
竜神の池をみて、霧の流れる尾根路を下る。
時々霧が切れ、斜里岳山頂附近が見え隠れする。
人影のない細い尾根路、熊にであったら逃げ場がない、熊のほうもきっと逃げ場がないだろう・・、 阿寒で買った鈴は音が小さく頼りない。
熊見峠から、急な樹林帯のくだり、下二股に降り沢沿いの路を清岳荘へ戻る。
すぐ先はオホーツク海なのに、北国を感じさせない清里の街で 風呂を見つけ汗を流す。
平成20年8月30日 斜里岳 日本百名山その87
ずっと雲にかくれた斜里岳を後に、羅臼岳へ向かう。
荒々しい火口群の雌阿寒岳 日本百名山 その86 [日本百名山を訪ねて]
夏が終わろうとする頃、フェリーで苫小牧へ、
日高のキャンプ場で泊る。
朝起きると雨がふりだす、日高のキャンプ場を発ち 帯広や足寄を走り雌阿寒岳をめざす、阿寒が近づくとどしゃ降りの雨。阿寒湖附近の土産物屋で熊よけの鈴を買ったり、阿寒のミュージアムでマリモや巨大な熊の剥製をみたりして雨のあがるのを待つが、道路が川になるような降りが続き、その夜は雌阿寒温泉の駐車場で車に寝る。
朝雨はやんだ。 雌阿寒温泉から樹林帯の中を歩き、背の高いはい松帯を登り、岩礫の登りとなる、雲が多いながらも展望がひらけてくる、まだよく知らない北海道の山並みも雲間に浮かぶ。
山頂が近づくと霧が湧く、深い火口壁が霧の中に落ち込んでいる。
火口壁に沿って歩き、山頂に立つと霧が晴れ、荒々しい火口が姿をあらわす。
褐色の水をたたえる火口、青い水をたたえる火口、音をたて噴煙を吐き出す火口、
火口原の中にも煙をあげる火口、雲の中に雄阿寒岳、
噴煙の音を聞きながら岩に腰かけ一息。ここは大地が荒い息を吐き出す火口群のその中。
火山礫の中にメアカンフスマはまだ花をつけていたが、メアカンキンバイはもう終わっていた。
阿寒富士を眺めオンネトーへ下り、
また降り出した雨に打たれながら赤エゾ松の木立の中を歩き、雌阿寒温泉の駐車場へ戻る。
阿寒を後に斜里をめざす。
平成20年8月29日 雌阿寒岳 日本百名山その86
オンネトーと雌阿寒岳の秋 2002.10.04花を訪ねて早池峰山へ 日本百名山 その85 [日本百名山を訪ねて]
早池峰山という山の名前は前から知っていた、ずっと以前 仕事で盛岡から宮古に行くバスの途中 この辺りに早池峰山があるのを知った。 3年ほど前の秋 盛岡まできたが雨模様なので、早池峰をあきらめ八幡平へ向かってしまったりしていた。
夏 花の時期、早池峰山をめざした。
東名、首都高から東北道を長いドライブ。高速を降り、山道を走り山村を通り早池峰山麓の岳に着く。岳から先は通行規制されるが、日中をすぎると規制が解除され河原坊の駐車場に車を入れ、ここでキャンプ。
河原坊から沢沿いに木立の間の草花をみながら登り、
沢をはなれ潅木から岩混じりの斜面を登る、岩場や斜面に咲く花々に見とれ、
「これがハヤチネウスユキソウ?」「いやそれはミネウスユキソウ」などと花にまぎれて、
急な登りもあまり気にならず頂上へ着く。
社と岩の乱立した頂上、花の時期 人も乱立していた。
山頂から下り、
お花畑の中を歩き、
岩場を下り、
ハヤチネウスユキソウに逢い
咲き乱れる花の中を
小田越へ下り、河原坊まで道端の草花をみながら歩く。
交通規制の解除をまって河原坊をたち、
振り返りながら早池峰山を後にする。
帰りがけ遠野へ向かい、河童淵などに立ち寄る。
*平成20年7月26日~27日 早池峰山 日本百名山その85
花の山トムラウシ 日本百名山 その84 [日本百名山を訪ねて]
とかち帯広空港に降り立ち北海道の地を踏む、バスにのり帯広の街並みを抜け、広がる畑の中を走り、十勝川に沿って緑濃い山道を走り、トムラウシ温泉の国民宿舎に着く。北海道の山に登りたいと思い立ち、ツアーに参加しトムラウシをめざした。
まだ暗い早朝バスで短縮登山口へ。樹林帯を登り笹混じりの潅木帯になると時折十勝の山が頭をだす。
こまどり沢の雪渓を登ると、岩の間に花たちが姿をみせはじめる。岩峰をぬい、残雪を踏んで咲き乱れる花に見とれながら、
トムラウシ公園を歩く
いつも後方に位置してしまい、ガイドの説明もとぎれとぎれ、ツアー引率の方に花の名前をたずねたりし、
花に飾られた岩稜の路を登り
トムラウシ山頂へ。
雲の切れ間に大雪方面の山が見え隠れ
振り返ると十勝の山並が続く、これらの山にもいつの日か訪れてみたい。
日の傾いたころ、トムラウシ温泉の宿へ、渓流を眺める風呂で疲れをとる。
花のトムラウシを訪れることができ、北海道の山への第一歩を踏み出すことができた。
平成19年7月1日 トムラウシ 日本百名山その84
筑波山とガマ 日本百名山 その83 [日本百名山を訪ねて]
山へ行くときは車が多いのだが、秋葉原からつくばエクスプレスに乗った。
つくば駅からバスでつつじケ丘へ、 お土産屋や食堂が立ち並らんでいるが、人は割と少ない。ロープウエイに乗る、霧が流れ寒い。足下に群れて咲く白い花はニリンソウのようだ。 霧雨に煙る女峰山の岩の山頂にたつ。 露岩やもう花の終わったカタクリの路や木立の中を歩き、御幸が原から社の建つ男体山山頂を往復。相変わらず霧の中、ケーブルで筑波山神社へ降り、四六のガマの置物などが並ぶ土産物屋を見ながら下る。
ガマの油売りの「1枚が2枚、2枚が4枚・・」の調子の良い口上 と バナナの叩き売りのテンポの良い口上は何かで聞いた。最近、寅さんの啖呵売というのも友達から聞いた。
大鳥居に着き、バスを待つ間薄日もさしだしたが山はずっと雲に隠れたままだった。
つくば駅に戻り、新しい街のエキスポセンターあたりを散歩しプラネタリウムをみる。
子供達が小さい時つくば科学万博を見に来たことをおもいだした。土浦からシャトルバスで行ったあの会場はどのあたりだったのだろうか、そういえばそのとき子供達が書いた 未来への手紙 が20年後家に届いた、子供達はもう家を離れていた。
平成19年5月2日 筑波山 日本百名山その83
今年の正月、息子や孫と塔ノ岳に登った、東京のビル群のうしろに筑波山がみえた。
晩秋の燧岳 日本百名山 その82 [日本百名山を訪ねて]
数年前桧枝岐の御池から燧岳へ登ろうとしたが、 雨に降られ、そこから戻った。
60才をいくつか過ぎた夏、尾瀬ヶ原を通り 下田代キャンプ場にテントを張ったが、激しい雨に降られ、燧岳をあきらめ雨の尾瀬ヶ原を引き返したり、 なかなか燧岳に登れずにいた。
夏に雨でひきかえした その年の秋、
山の会のメンバーと燧岳をめざした。
大清水から紅葉の林道を歩き三平峠を越え、 尾瀬沼に浮かぶ燧岳を眺めながら湖畔を辿り
下田代十字路の山小屋に泊る。
朝早く山小屋を発ち、見晴新道へ入り樹林帯を登る、樹林の切れ間から足下に草紅葉の尾瀬ケ原が広がり、その先に至仏山の姿をみる。
樹林を抜けると真っ青な空をバックに柴安嵓が聳える。 山頂からは山々の大展望。俎嵓で また あかず展望を楽しむ。
長英新道を下り、長い樹林帯の中の路を歩き、尾瀬沼湖畔へ辿り着く。 そろそろ冬支度の長蔵小屋で、コーヒーブレイク。
帰りもまた紅葉にみとれ
日が暮れかかる頃、大清水の駐車場へ。
紺碧の空の下、晩秋の尾瀬の景観にひたった。
平成18年10月21日~22日 燧岳 日本百名山その82
尾瀬ヶ原から望む燧岳
H26.6.5
昔 夜行列車で山へ
その昔 上野から満員の夜行列車が沼田に着くと、どっと登山者が降りた。 尾瀬へ向かう人たちと自分達とは違うような気がしていた・・自分達は土合で降りた。そのころ上越線でいくときは谷川岳きりなかった。
いくつか歳をかさねた頃、尾瀬ヶ原から尾瀬沼を歩き、水の流れと水芭蕉やリュウキンカ、平滑の滝や三条の滝などの景観を見、尾瀬の姿に触れた。 上越線にもう一つ行くいくところが増えた。
車を使うことが多く、今はもう上越線はあまり使わないが、尾瀬ケ原は何度か歩いた、これからも尾瀬には行ってみたいところがある。
谷川岳にはもう何年もいっていない。